みかんと風邪と 雨が降っていた。 冬の夜に降る雨はとても冷たい。 寒くなってしまった部屋を、薄暗い部屋をただぼんやりと見ていた。 「今回は結構辛いわ・・・。」 憂鬱な台詞は風邪からきていた。 熱が出てしまって3日が経つ。 普段から無遅刻無欠席で健康だったセシルには珍しいことだった。 3日も仕事を休んでいた。 特に軍の方は問題や事件が起きていないとの報告を受けていたので、3日丸々休んでいた。 「なかなか下がらない・・・」 38度と云っている体温計を枕元に捨てるように投げた。 キッチンへ水を取りに行こうとしたとき。 ドアノブが動いた。 一瞬ひやりとしたが、きちんと鍵をかけていたため、ドアの向こうの人物は開けられなかった。 その人物は無理にでも開けようとしているらしい。 ガチャガチャと音を立てるドアノブ。 無鉄砲な音だった。 不審に思って、ドアスコープを覗く。 クセっ毛。 水色の髪。 眼鏡。 白衣。 一癖ある笑顔。 ロイドだった。 セシルは驚きを隠せないまま、ロックを外した。 いつもの呑気な声が転がり込んできた。 「お〜はよぉぉぉぉ〜」 「ロイドさん・・・・?」 「風邪だってぇ〜?」 「いえ、あ、は、はい。」 ロイドはスーパーで購入したらしい紙袋を抱えて遠慮無くキッチンに向かった。 そして断りなく冷蔵庫を開け、紙袋の中身を突っ込んでいく。 そんな光景を見ているだけのセシルは言った。 「あの、なんでここに・・・。」 「ん〜?」 「ここ女性寮ですけど・・・」 軍の寮は男女で厳しく分けられている。 男性が女性寮に入るのはそうそう滅多にない。 おそらく、災害などの緊急事態くらいだろう。 「警備員のおじさんは優しい人だねぇ〜。」 その一言でこの部屋に来るまでのことが想像出来た。 だが、求めていた答えではなかった。 素直に言えばいいのに、と思った。 それとも、私の自意識過剰かしら、とも思った。 ロイドはパタンと冷蔵庫を閉めて、セシルにいつもの笑顔を向ける。 「じゃあ、お大事に〜」 「はい・・・あ、冷蔵庫の・・・」 「あ、ああ、”スザクくんからの”お届け物〜。気が向いたら食べたらいいんじゃな〜い?」 セシルが言い終わる前に、さっさと言い切ってしまった。 セシルには少し残念だった。 ロイドが選んで買ってきたものではないということが少しだけ残念に思えたのだ。 そんなセシルの内心など分かるはずもないロイドは、ドアの前で立ち止まる。 「いつ戻れる?」 「あ、明日には戻りたいと思います。いつまでも休んでいられないですから・・・」 「そう。あ、でも、」 くるりと振り向いたロイドは、いつもよりも柔らかい目だった。 「無理しちゃだめだよ?」 風邪だったから、頭がさえていなかったからだろうか。 やけに愛おしく映った。 たったこの一言を、セシルは耳に深く残していた。 ロイドが他人を気遣う人ではないから、お世辞でも社交辞令でも嘘でも。 セシルには嬉しかった。 その日は、その愛おしさに包まれた気持ちになったまま、 スザクのお見舞い品のみかんとスポーツドリンクを口にして眠りについた。 翌々日。 「おはようございます!」 研究室に入ってきたセシルを見つけたスザクが真っ先に近付いた。 「おはよう。スザクくん。」 もう風邪はいいんですか?と心配そうな目で見てくる。 完治したことを報告し、セシルは礼を言った。 「こないだはお見舞い品ありがとう。」 「え?何のことですか?」 「え?ロイドさんが届けてくれた・・・・」 「ロイドさん・・・?」 「スザクくんからのお届け物だって・・・。」 「僕は、頼んだ記憶は・・・。」 二人の話が混乱しているところへロイドがやってきた。 「おはよ〜」 「おはようございます。」 3人で挨拶もそこそこにセシルは勘を働かせた。 パソコンを起動させ、入室記録を確認する。 事件があった日、スザクの記録はなかった。 そう言えば、あの学園に住んでいるお友達と予定を入れていると言っていた。 ロイドと接触していないということ。 そして、ロイドの白衣のポケットを探った。 「わぁっ!!」 突然の行動に驚くロイドを無視してセシルは一枚の紙を見つけた。 みかん 一袋 スポーツドリンク 10本 それが黒字で印刷されたレシートだった。 意味のないもののように、クシャクシャだった。 見つけられたレシートを見て、ロイドがニヤりとした。 「みかんって意外と安いんだねぇ〜。」 「えぇ、本当に。」 突き止めることを諦めて、レシートをポケットに戻す。 「あ、ロイドさん、今度は”ロイドさんの”お見舞い品を待ってますね。」 にっこりと笑顔で伝える。 「また風邪引いて休むってこと〜?」 同じく笑顔で返される。 「まぁ、それもいけませんよね。仮の話ですから気にしないでください。」 去り際にロイドが言った。 「なるべくなら休まないでね〜。君がいないとうまくいかないんだ〜。」 素直にお見舞いに来たって言えないのに、そんなことは平気で言えるんですね。 そう嫌味を言おうとして、セシルはそれを飲み込んだ。 ゆめが見たかったんです・・・ |