むかしばなし/特派の始まり 「他の研究員?」 「そんなの要りませんよ〜」 「大丈夫です。もう決めてますからぁ〜」 「ああ、そうです!その人!2人もいれば十分です」 「んふっ、そうじゃなきゃ、嫌なんですよねぇ〜」 「・・・もちろんですよ〜!僕たち相当優秀だから、ご期待に添えると思いますよ」 「ええ、そうですね〜、じゃあ、後ほど情報を転送しますねぇ〜」 「え?名前?」 「名前は、セシル・クルーミー。」 「・・・は?」 口から出たのはこの一言だった。 「と、いう訳だから、セシルくん、明日から君も特別派遣嚮導技術部のメンバーだよぉ〜!ふふ〜!おめでとー!!!」 細長い手を一杯に広げて私を祝福した。 同じ研究室の唯一の先輩、ロイドさんがシュナイゼル第二皇子に、所謂引き抜きをされた。シュナイゼル皇子から直々に研究室へ電話があったのだった。 私は、さっきの電話で、しかも、ロイドさんだけの声しか聞いていない状態で、理解出来なかった。 「思いっきり研究できるよ〜!面倒な教授もいない!シュナイゼル殿下直属だから予算の心配もなぁーいっ!君の得意分野をドォンドン、研究して実体化出来るよぉ〜!パラダイスだね!オアシスかな?」 「ちょっと待ってください!私も、ですか?」 「ん〜、そう!」 「いつの間に?」 「さっき!」 「誰が決め・・・」 「ぼ、く、が!」 「あの・・・、私の意志は?」 「君、断らないでしょ〜?」 「その自信はどこから来るんですか!」 右手が握り拳を作ってしまっていた。それを振り上げようとしたとき、止めるかのように、ロイドさんがこちらの顔を下からのぞきこむようにして言う。 「えぇ?嫌なのぉ〜?」 ふと時間が止まる。 嫌なの?が、まるで“僕のことが嫌なの?”と言っているように聞こえてしまって、その後の動作が進まない。 「嫌じゃないですけど・・・・・・」 「君じゃないと嫌だって言っちゃったからさぁ〜あははぁ〜!」 誤解してしまうようなことを平気で言うのがロイドさんの怖いところだった。 実際、その言葉はそのままお返ししてしまいたいくらいだった。ロイドさんがいるから研究室に残っていた。ラクシャータが消えてしまった後、たった二人だけになっても、誰にもついていかずに彼についていった。周りから変わり者扱いされていた研究室だったが、それでも居残る「理由」がいた。 その「理由」が今、目の前で悪戯に自分の気持ちを揺らしていることに苛立ちを感じていた。愛おしさ以上の苛立ち。いや、愛おしさ故の苛立ち。それは、積年の片思いからくるものだった。 私がどれほどの思いを積み重ねてきたかも知らず、平気で「私じゃなければ嫌だ」と言う。嬉しさの反対側にある悔しさに気付いてしまった。そうして、また右手をぎゅうっと握り、いつでも発射できるようにしていた。 黙り続けている私に向かって、溜息混じりにロイドさんは告げる。 「だぁってさぁ〜・・・君じゃないとエナジーウィングは任せられないよ。今はまだ試作段階で実用化は遠い先だろうけど。でも、いつか必ず必要になる。僕はどうも苦手だからね。君以上のレベルの論文を発表出来た人もいないしぃ。」 力んだ体の力が一気に抜けきる。 そうだ、この人にとって、自分は研究完成の為の一助になるということなんだ。 本当は別の方面でも必要とされたいけれど、それは今現在のところ叶う様子もないということを胸に刻んで、返事をした。 「分かりました、一緒にやります。」 そこからが特別派遣嚮導技術部の始まり。
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