おかえしおしおき
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2月14日。
実験が一通り済んだ頃、フロアがどよめいた。男性隊員たちが女性隊員からチョコレートをもらっている。
デスクのパソコンの右下にある日付を見る。
そういえば、そんな日だった。

「ロイドさんもどうぞ。私たちからです。」
「はいはぁ〜い。ありがとぉ〜!」
女性隊員がロイドの周りに集まって、手頃な大きさの箱を手渡してきた。とりあえずの返事をしておく。
その女性グループの中に彼女はいなかった。
かといって、捨てる訳にもいかない。適当に後で食べることにして、置いておく。
他の隊員たちがフロアから消えた後も、ロイドは研究を続けた。
しばらくして、彼女がロイドの隣のデスクにやってきた。
「今日の実験、なかなかいいデータがとれましたね。」
柔らかい声に包まれる。
「うん!さっすが、スザクくんだよねぇ〜。」
「メディカルチェックの結果も良かったって、ドクターから連絡がありました。」
「ふーん、調子いいんだ。彼。じゃあ、明日の実験のプラン立て直そうかなぁ〜。」
「そうですね。スザクくんが明日来たときの様子を見て決めましょう。じゃあ、私は、これで帰ります。」
「はぁ〜い。じゃあ、また明日ぁ〜。」
キーボードを打つのを止めて、手を振る。
彼女のブーツの足音が響く音が消えて、自分一人になったとき、はっとした。

何か足りない。
彼女からもらっていない。
今年はない?出会ってからずっと毎年もらっているのに。
何があったんだろう。
不安とも焦りとも言えないような、不思議な気持ちになった。
ロイドは、実験プラン変更を途中でやめ、部屋を出た。廊下にセシルの姿はない。
が、一人男性隊員が歩いていた。
「ねぇっ!君!!!」
「はい?」
「今日、誰からチョコレートもらった!?」
「チョコですか・・・えぇっと、整備部の子たちとセシルさんと・・・」
まだ他にいたらしいが、話を最後まで聞かず、廊下を走り出した。
彼はセシルくんからもらっている。彼が本命ということか?いや、確率から考えればそうかもしれないが、論証するには足りない。
「そこの君っ!今日、誰からチョコもらった?」
出くわす男性に聞いていった。

調査の結果、ほとんどの男性隊員に義理チョコを渡していたらしい。
義理チョコとしてすら自分の手元にはなかった。
たいがいの隊員はセシルの手作りであることに戸惑いを見せていたが、このときのロイドにとっては、うらやましい状況であるに違いなかった。
と同時に、解決しない問題を見つけてしまったことに落ち込んだ。

翌日、セシルが朝からコーヒーを淹れて持ってきた。
「ロイドさん、おはようございます。って、そのクマは・・・また徹夜で作業してたんですか?」
「ん〜ん・・・解けない問題があってね・・・。あれ?君・・・コーヒーは淹れてくれるんだね。」
「・・・え?コーヒーは?」
ぽやっとした表情でロイドに聞き返す。その眼に罪はない。
「何でもないよ〜。」
僕に解けない数式などこの世にない。
そう思っていた。
でも、昨日出会った数式はなかなか簡単に解けない。
解けなくてもいいはずの数式、解けないことを気にしている。
なぜあの隊員たちにはあげたのだろう。
なぜ今年は僕だけもらえなかったのだろう。
考えるほど、もやもやと心に霧が立ちこめる。
そして、その霧が体をきゅっと冷えあがらせるようにも感じた。

さわやかな挨拶とともにスザクが入室する。
「ロイドさん、セシルさん、おはようございます。」
「おはよう、スザクくん。」
セシルが答える。
ロイドは答えなかった。
デスクの椅子に体を預けて天井をぼんやりと見つめるロイドにスザクが近づく。
「あれ?ロイドさん具合悪そうですね。」
「んー、君みたいな人間じゃないんだよ、僕はぁ−。」
「ははっ、ロイドさんも体を動かせばいいんですよ。あれ?それとも、昨日のセシルさんの・・・」
スザクが気の毒そうに見る。続きはおそらくこれだろう。
【チョコレートを食べて具合悪くなったんじゃないですか?】
「僕は、もらってないもーん。」
その姿は、拗ねた子どものようだった。
「ロイドさんがもらってないなんてちょっと驚きです。何かの手違いじゃないですか?」
手違いでもらえないなんてことあるわけないだろう。
ふぅ、とため息をついてから言う。
「さぁね〜?」
「あの、僕、聞いてきます!きっと何かの手違いです!」
「いいよ!君が聞いたら変なことになりそうだし!メーワクメーワク!!」
「大丈夫です!僕に任せてくださいっ!」
勢いづいた青年は長い足を走らせて、消えていってしまった。
ロイドは先行きが不安になり、頭を掻いた。
「ああ〜、数式に余計な条件がくっついたぁ〜。ややこしいなぁ〜」

彼は帰ってこなかった。
かといって、仕事も進まず、手足を放り投げて椅子に座る。
この際、もらえなかったことが悔しいのではない、もらえない理由が分からないことが悔しいのだ。結果に伴う原因を探りたがる研究者の悲しい性だ。

バタバタという音が遠くから聞こえて、そんなに時間が経たないうちに、スザクがロイドの元に戻ってきた。
どうせ余計なことをしてくれたのだろうと、期待のない視線でスザクを見た。
「ロイドさんっ!手違いじゃなかったです・・・実は・・・」



翌日、セシルは施設に到着早々、実験に立ち会うように言われた。
「あの、ロイドさん。今日のプラン、何も聞いてないんですけど。」
ランスロットのある実験室に向かうロイドに聞く。
「だぁーいじょうぶっ!」
へらへらと笑うロイドを不審なものを見るように見つめるセシル。
そんな彼女を余所にロイドはインカムを取り出し、通信し始めた。
「準備おっけ〜?うん、はぁい。じゃあ、入りまぁすっ!」
思い切りよく、ドアを開く。
そこにはランスロットと、巨大な茶色の塊。
ランスロットがその巨大な塊を両手で優しく包むように、持っていた。
それに、よくみるとハートの形をしている。
「これは・・・?」
状況の読めていないセシルにロイドがいつもの調子で言う。
「君からもらったぁ〜バレンタインのチョコレート!まとめてお返ししまぁ〜す!」
ランスロットは、そうっと動いて、セシルの前にその塊を持って行く。まるで捧げるかのような姿勢だった。
「えぇと、君と出会ってからだからぁ〜、5年分?あれ?6?7?忘れちゃったぁ〜あはは!」
セシルはまだまだぽかんとした表情だった。
「ほらぁ、逆チョコってはやってるんでしょぉ〜?僕からセシルくんに逆チョコ!今までもらってた分のお返しがまだだったから、今年どか〜んと一括でお返ししまぁす!」
ニコニコと笑うロイド。
なんだかよく分からないが、目の前のチョコレートはセシルに捧げられたものであることは認識できてきた。
「もしかして、あの中にいるのは、スザクくんですか?」
回線がオープンになり、実験室にスザクの声が響き渡る。
「ごめんなさい、セシルさん。昨日聞いたこと、ロイドさんに喋っちゃいました・・・。今まで一度もホワイトデーお返しがなかったから、今年はあげないことになったって、そんなの寂しいなと思って。"あの人は分かってくれないから、おしおきだ"ってセシルさんは言ってましたけど、やっぱり寂しいと思います!」
はっとするセシル。
「もう!スザクくんっ!喋らないでって言ったじゃない!」
顔を赤くさせてランスロットに叫ぶセシルを横目にロイドが喋り出す。
「いやぁ〜、さすがにさ〜、ン年分のお返しは僕一人で持てないなぁと思ってねぇ。それでスザクくんと"僕らの"ランスロットに頼んだんだぁ〜。」
そして、白衣をふわりと舞わせて、セシルの目の前に立つ。
「よかったら、もらってください。」
いつもの、人をバカにしたような芯のないような声ではなく、その声はすいぶんと落ち着いたトーンで。
セシルの心臓は締め付けられたかのように感じられたが、それがなぜなのか。セシルにはそれがよく理解できていた。
いつもと違うロイドさんで言われたら、敵わないわ・・・と心の中でため息をついて、「はい。」と柔らかい笑顔を浮かべた。

ロイドは両手を大きく広げて、いつもの声で言う。
「いつもありがとう〜!&遅れてごめんねぇ!」

そして、セシルと共に浮かべるこの笑顔のおかげで、あの解けない数式にはもう二度と出会わないだろうと確信した。



(2010/2/11)
うちのSSでロイドさん一度もお返ししてないねって思って書きました。
2/14に女性が贈っても、3/14に男性から返ってこない・・・
そんな悪しき風習がうちでもあったようです。