自然習得 光が一つも入らない研究室は今日もモーターの音がする。 たくさんのパソコン、ランスロットを維持するための機械の数々、そしてエアコンの音。 うるさいと感じたことはなかった。 そういう音がしているのが当たり前の日常なのだ。 ロイドはうたた寝から起きた。 誰もいない部屋だった。 無機質な素材たちで囲まれている。 ゆっくりと時計の方へ目を向ける。 針は短い方が1と長い方が6を示している。 1時半か。 心の中で呟いた。 おそらく間違いでなければ夜中の、だろう。 さっきまで何をしていたか思い出す。 周りを見渡す。 データ解析用に使っていた書類が机の上にあった。 ああ、そうだ。 また心の中で呟いた。 この書類を優秀な助手が渡してくれたんだ。 それが確か日付が変わろうとしているかいないかくらいの時間。 ”今日はちゃんと寝てくださいね。” 彼女は笑っていた。 助手が彼女で良かったと思った。 昔から、あれは駄目これはダメという大人が多かった。 むしろ近くにいる人間はそういう大人ばかりだった。 彼女は神経にふれるようなことをせずに労るという人間として当たり前のことをしてくれる。 自分が下手なことをしなければ。 過去に幾つかイタイ目にはあわされてきてはいたが、 彼女がおっとりと笑うと一緒に笑いたくなった。 これはあれなのか。 小説の中でしか知らない恋という人間の活動、なのか。 それまでよく分からなかった。 少なくとも身の回りにはなかった。 だから、始め方も知らなかった。 彼女につられて笑ってしまうまでは。 知らなかった。 「こういう活動なのか。」 知ったかぶったような台詞を他人事のように吐いて、ふと思う。 「あら、起きたんですか?」 いないはずの彼女の声が後方から聞こえる。 振り返れば、彼女がいた。 手に毛布をもって。 寝ている自分にかけてくれるつもりだったのだろう。 「たまにはちゃんとベッドで寝てくださいね?」 またさっきのように笑っていた。 おっとりとして、柔らかく、優しく。 それを見て笑った。 同じように笑えているかは知らないが。 彼女は自分の仕事が終わるのを待っていたのだろうか。 よく分からないが、毛布を持って目の前で微笑んでいることが嬉しくて笑った。 やっぱり、彼女のように笑えているかは分からないが。 これがあれなんだろう。 恋という活動なのだろう。 言葉に表せない。 マニュアルなど存在し得ないほど知らぬうちに始まるものなのだ。 おそらく。きっと。 「セシルくん、本だけじゃあ学べないこともあるって知ってた?」 彼女は、意味が分かりませんという言葉を表情に浮かべたような顔をした。 寝惚けてるんですか?と聞いた。 だから、そうかもしれないと答えた。 始め方など知らないが、始まってしまっていたようだ。
ロイドは恋を「活動」扱いしてそうだなって。 |