雨傘ひとつ 雨は通りを埋め尽くす紅葉に降り続けた。 秋の雨は気温を下げていく。 夕方になると手の感覚がなくなっていた。 「朝は降っていなかったのに。」 自分でそう言って、息が白いことに気付く。 傘がないから帰れないで居た。 傘を誰かから借りることを決めて、教室へと戻ることにした。 その時。 「あめ、あめ、ふれふれぇ、かあさんが〜」 呑気な歌声が背後で聞こえる。 振り返るとそこには水色のうねった髪の男子生徒がいた。 名前はロイド。セシルと同じクラスだが、一緒に授業を受けたことはほとんどない。彼は理科室に籠もっていたからだ。先生方ももう注意しなくなっていた。セシルとロイドはそれなりに知り合いだった。 「んふっ!君も帰るのぉ〜?」 「うん、ロイドくんも?」 「うん〜、今日は実験がうまくいったから、帰るつもり〜。」 「そっか。ロイドくん、雨降ってるから気をつけてね。」 そのまま立ち去ろうとすると、ロイドは手に持っていた透明のビニール傘を開けた。 と、同時に、セシルの腕を掴んだ。 「はい。」 良い笑顔をセシルに向けた。 「はいって・・・?」 「傘ならここにあるよ〜?」 そうして、セシルに傘を手渡す。 訳が分からないまま、手に持った。 しかし、持っている傘は、ロイドのもの。 おまけに、持ち主は雨の中を平気で傘なしで歩き出そうとしている。 焦ってロイドの腕を引っ張る。 「ちょっと待って!これ、ロイドくんのでしょ?」 「うん、そう。」 「ロイドくんが入ればいいじゃない。」 「でも、君、ないじゃない。」 「え、だからって・・・雨に濡れて帰るつもり!?」 無理矢理返そうとするセシルと受け取ろうとしないロイド。 その横を聞き慣れた声が通る。 「何やってるの・・・まったく。二人で入ればいいじゃない。さ、行きましょう、シュナイゼル様。」 「セシルくん、ロイドには一般常識がないんだよ、相合い傘の方法を教えてあげてくれ。」 他のクラスのシュナイゼルとカノンだった。二人は堂々と相合い傘で帰って行った。 「あ、あの!!」 セシルが声を掛けた時には既に二人は歩き出していた上に、話に盛り上がっていて、聞こえていなかった。 背後からロイドが言う。 「あいあいがさ?ってなぁに?」 「ほんとに知らないの?」 そんなに頭がいいのに、と頭の中で溜息をついた。 「じゃあ、これ持って。」 ロイドは傘を左手に持った。 「私は、左側に入るから。」 セシルが言った通りにすると、ロイドはセシルの方に傘を持って行く。 これでは、セシルだけに傘の下にいて、ロイドはほとんど濡れてしまう。 「あ!駄目よ!」 「何がぁ?」 「傘のスペースは半分ずつ!」 ロイドは言われたようにした。 やっとこれで歩けると思って、鞄を胸に抱いてセシルが歩き出す。 それに合わせてロイドも歩き出した。 しかし、校門を出るまでには、また問題が起きていた。 「あ、そんなに早く歩かれたら・・・!」 ロイドは自分のペースで歩いた。それに合わせてセシルも頑張ったのだが、間に合わなかった。 そうしているうちに、セシルは落ち葉で滑ってしまった。 とりあえずロイドの左腕を頼りにして捉まった。しっかりと捉まってみると、ロイドの腕は男のそれだった。普段はヘラヘラして男らしさも感じさせないのに・・・と思いながらも、セシルの胸の中では何かが動いた。 「もちょっと私にも歩幅合わせて?」 「合わせなきゃいけないんだぁ〜。ふーん。」 シュナイゼルの言っていたことは嘘ではなかったと感じた。本当に常識がないのだということがよく分かった。 「冷たいね。」ちいさくぽつりと呟く。 「そうだねぇ〜、雨って冷たいよねぇ〜。」 ニコニコと笑いながら答えた。自分が冷たいと言った対象がロイド自身であることはどうでもよくなっていた。 しばらく二人で学校脇の道を歩く。その道には他の学生達もいたが、ロイドとセシルはそれほど気にされていない様子だった。 傘を叩く雨の音をBGMにして、セシルは勇気を出して聞いてみた。 「どうして、私に傘を渡して自分は濡れて帰ろうとしたの?」 ロイドは上を見ながら、うーんと唸ってから言った。 「だって、君が濡れちゃうじゃない?」 セシルは顔が熱くなった。 まさかそんなことを返されるとは思わなかったからだ。 ロイドはとても良い笑顔だった。それが見えてからは、セシルはますます顔が熱くなった。 「そういうことは考えられるんだね。」 そう返すのがセシルには精一杯だった。 さっき胸の中で動いていた何かが確実に大きくなっていた。 次の日。 セシルがドアを開くと、いつもは誰もいないはずの教室に珍しくコーネリアが来ていた。 「あ、ネリちゃん!やっと授業に出る気になった?」 「いや、授業はどうでもいいんだ・・・・あの・・・セシル・・・・」 重い口調のコーネリア。 セシルに気まずそうに言った。 「お前、趣味悪いぞ。」 「は?」 「あの、人の趣味にとやかく言うのは私の趣味じゃないんだが・・・・。その、ロイドは・・・・ない・・・と思うぞ・・・。」 「ち、違うの!ネリちゃん!あれは、シュナイゼル様に言われて・・・!」 「待て!兄上はそんな趣味の悪いことはさせない!言い訳はよくないぞ!セシル!」
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