5口目のプリン 独りの研究室は妙に寒かった。そこらへんに転がっていた毛布にくるまりながら、パソコンの画面を眺めていた。 今日のデータ解析は順調に進んでいたのだが、次回実験用の計算と準備が終わらないでいた。愛しいデータ達が言うことを聞いてくれない、そんな気分になって切なくなる。 ちょっとは言った通りになってよとパソコンに独り言を呟いた。それも独りで勝手に言っているだけなので、虚しいものだ。 時間ばかりが過ぎていった。もう既に寝てもいいくらいの時間になっていた。 コツコツとヒールの音がする。誰もいない、雑音のない部屋ではそれがよく響いた。 ロイドにとって、よく聞き慣れた音だ。それは帰ったはずのセシルのものだった。彼女の歩幅で、彼女のリズムでそれが刻まれていく。 その音が近付いてくると、彼女の声がした。 「外、雪が降ってきましたよ。」 「あれぇ〜?帰ったんじゃなかったの〜?」 振り返って見ると、セシルは両手でトレーを抱えていた。 「いいえ、生クリームを買いに行っただけです。なかなかうまく出来なくて遅くなってしまいました。」 ロイドの目の前に置かれたトレー。その中には、大きなプリンと生クリーム、チェリーが綺麗に配置された器があった。 ロイドが何かを言う前に、セシルが告げる。 「お誕生日、おめでとうございます。」 「んふっ!ありがとぉ!」 どうぞ召し上がって下さいと言われ、スプーンを手にした。 「お幾つになりました?」 「ふふ、17歳だよぉ〜。」 「冗談はやめてくださいね。」 セシルの表情は笑っているのにこわばっている。 怒っているというシグナルだ。 「あははぁ〜!いただきまぁ〜す。」 ロイドは大きく口を開けて切り崩したプリンを放り込んだ。 「どうですか?」 「・・・」 何も言わずに、ロイドは二口目を口にする。 「・・・」 黙ったままのロイドにつられて、セシルも何も言わなかった。 一口、また一口と黙々と食べ進めていくロイド。 あと少しで終わりというところで、スプーンを置いた。 「もう要らないですか?」 普段はあまり弱気なところも見せない彼女が、心配そうに聞いてくる。 嬉しいものだ。 セシルの不安そうな口に、一口分すくったプリンを差し出した。 食べていいよという合図だ。 「美味しいよ?」 そのロイドの言葉と合図のままにセシルは口を開いて、ついばむように食べる。 ね?と笑顔で同意を求める。 セシルは同意も否定もせずに、「そうですか?なら、良かったです。」とだけ伝えた。 そう言ったセシルの頬が少し赤い。 間接キスをしたからかな。 そう言うか言うまいか悩んでみたが、結局自分が殴られるところしか想像出来ない。 何も言わずに、ロイドは最後のひとすくいのプリンを頬張った。 ああ、また間接キスだ。 そういえば、実験の準備がうまくいってなかったんだったな。忘れていた。 そんなことに気付く。 そのどちらもセシルからのお祝いのおかげだ。 どれだけの砂糖を入れたらこんな甘さになるのだろうと疑問を持たざるをえないプリンと生クリームの味を舌に感じながら、ロイドは笑ってみせた。 セシルに見えないように。
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