寝室事情(2)





視線が痛い。

そういうのは、幼い頃から慣れている。寺子屋にいたときも、道場にいたときも。それから、真選組に入ってからもそうだ。
冷たい視線。厭われるような視線。中には殺意をもこめた視線もあった。
そんなことをされたからと言って、僕には恐いと感じることはなかった。
今、感じているのは、ずいぶんと近い視線。
視線の持ち主は、部下である、篠原くんだ。
これは、実は1週間ほど前から続いている。遠征に同行させ、同室に寝泊まりするようになってからだ。
なぜかいつも布団が近くて、なぜかいつも向き合って眠る。篠原くんに背を向けて寝るとなんだか寂しそうな雰囲気を醸し出す。実際、きちんとこの目で確認している訳ではないので、どうか分からないが、長い付き合いだとそういうのが五感で分かってしまうものだ。

ちなみに、今日も向き合っている。僕が床に入り眠りについたのを確認してからでないと彼は布団に入らない。実際は僕も狸寝入りなのだが。今日も例に違わず、彼は後から就寝した。
その視線は痛いほどこちらに向かっていた。
やはり、視線が痛い。
目を閉じていても分かる。
今夜は特に視線が"強い"ような気がしていた。
僕は体を彼の方に向け、なんともなしに目を開けることにした。彼を確認しようとした。

少しずつ開く瞼から、広がる風景。就寝用の灯台の、橙の光に包まれている部屋の中。僕の目が確認したのは、彼の顔。
近い。
何よりもまず思いついた言葉だった。

視力の悪い僕には、彼の表情まではっきりと捉えることはできなかったが、驚いているようだった。

「・・・!・・・あ、あの・・・・」
慌てて何かを喋ろうとする篠原くんにつられるように僕も言葉を続ける。
「・・・寝ないのか?」
少し間をあけて、彼は言った。
「はい。」
「眠れないのか?」
「いえ。」
「明日も回るところがたくさんあるんだ。早く」
"寝なさい"と続けようとしたところを遮られる。
「先生の寝顔を見ていただけです。」
「寝顔?」
「はい、先生の寝顔が綺麗だなと思って・・・」
視線の痛さは間違いではなかった。やはり彼は僕を見ていたのだろう。
「よくそんな恥ずかしいことを言えるな、君は。」
少し語気を強めて言う。
「すみません・・・でも本当のことなので・・・」
「くだらないことを言っていないで、早く寝なさい。」
「あと5分したら寝ます。」
「分からん男だな。あと、見るにしても近いだろう。」
突き放すような声で伝えたのにも関わらず、彼は「近くで見たいんです」と照れ笑いを浮かべていた。
「変わった趣味だな。」
「いえ、いつもこんな趣味があるわけじゃないですよ。こんなに近くで誰かと寝るのは子どもの頃、兄弟や両親と寝たとき以来かもしれないですし。」

兄弟。
親。

どろりとした感情が心に浮かび上がる。
寝るとき、親は兄上の傍にいた。
僕はいつも独りで天井を眺めながら寝ていた。
僕の傍には誰もいなかった。

「そうか。僕はそんな経験ないな。」
「そうですか・・・。」
僕の言葉に篠原くんがしゅんとする。
僕の過去を少しは知っているから、僕が、今、何を思いだしているか分かったのだろう。
しばらく彼は黙っていた。丁度良い、これで眠れる。そう思った矢先。
僕の左手が捕まれた。
犯人は篠原くんの左手だった。

「なっ、何をする!」
「俺が小さい頃、お袋が手を繋いで寝てくれたんですよ。ちょっと懐かしくなって。」
「君の母親代わりか、僕は。」
「いえ、そういう訳じゃないですけど、こうすると落ち着くでしょう。」
幸せそうな顔をしているのが、ぼやける視界から受け取れた。
篠原くんの右手が僕の左手を強く拘束する。
確かに。
少し堅い、お互いの指が絡むだけなのに、何か暖かいものが流れているように感じられる。落ち着くとはこういうことなのかもしれない。
「そうかもしれないな。」
照れくさくてきちんと確認しなかったが、彼はもっと幸せそうな顔をしていたと思う。

強い拘束は朝まで続いた。


(2009/08/12)