寝室事情(3)






仕事において出しゃばるような馬鹿なことはしない。
かと言って、手を抜くようなこともしない。
ただ、淡々と、監察役として、側近として伊東先生とともに仕事をする。
自分で言うのもなんだけれど、仕事は完璧な側近ぶりだっただろう。


まだ出張は続いていた。部屋も今までと同じで同室宿泊だった。
夕食から戻ると、先生は風呂に行った。
明日のための準備をする。自分の分と先生の分。
朝の無駄な時間が少なくするためだ。
それから、布団を敷く。
が、今日は宿の人間が気を利かせ、すでに部屋に戻った時には準備万端だった。

だが、不足な点があった。
布団が離れている。
まぁ、それもそうだろう。この部屋に泊まるのは男2人なのだから、宿の人間だって、離した方がよかろうと考えたのだろう。
事情の知らない人間に分かってもらおうなどとは思わない。

俺は、積極的に布団を繋げた。
勢いよく敷布団を動かしたので、端がほんの少しだが一方に乗り上げた。直さなかった。

ちょうどそのとき、ふすまが開く。
「おかえりなさい、伊東先生。」
俺が布団に手をかけていることが分かったらしい先生は、眉を少し困らせて、「またそんなに近く・・・」と呟いた。
頬が赤く染まっているように見えるのは、思い違いか事実か。
事実であれば先生を可愛らしいと思えてしまうだろう。
でも、今、確認することはできない。俺は部屋を出て風呂場へ向かった。


風呂の中で、計画を練る。
布団に入って、様子を見て、また手を繋いでもいいか伺おう。
それで良ければ、手をぎゅっと握ろう。
どさくさに紛れて、手の甲に口づけをしよう。
先生に口づけなど生涯かけてもできないだろうから、手の甲くらいなら、事故のように見せかけたらできるのではないか。
けれど、それには、積極性が必要なんだ。
言い聞かせるように、「積極的に」と湯船の中で唱えた。



部屋はまた薄暗く、先生は奥の布団に横たわっていた。
暗くて眠っているのかどうかは分からない。

そっと空いている方の布団に入り込む。
風呂上りの体には少し暑い。
湯冷ましをしてからにしようと上半身を起こそうと思ったとき、自分の布団に自分よりも冷たいものが入り込んでいることに気付いた。

白く伸びた腕。
求めるように少し開かれた指。

先生の手だった。


まさか先生からとは思えず、驚くしかできない。
先生を見る。
目があった。
少しの間を開けて。
先生は言った。


「どうした?繋ぐのだろう?」


薄暗い部屋だったが、先生の頬が赤いのは見間違いじゃないだろう。

俺は喜びを堪え切れず、「はい!」と返事をした。
そのあと、風呂場での計画はないものとなった。

手どころではない。
体に抱きついていたのだから。
右手、左手。両方を使って、先生の背中を抱え込んだ。
先生からは石鹸の香りがした。


先生の苦しそうな声が聞こえる。

「し、しっ、のはら、くんっ!離れっ、なさ、い!」
はっとする。
本能の動かす通りに力の限り抱きしめていた。
「すみません!先生!」
力を緩め、腕から先生を離す。
先生からは少し荒い呼吸が聞こえる。
「いきなり飛びつくな。驚くだろう。」
「すみません。」

ああ、きっと怒ったんだ。
声の調子が怒りを表しているようにしか感じられない。
そうだよな。
男に抱きしめられて嬉しい男なんていないよな。

悲しくもそんなことしか考えられなかった。
「強く、するな。」
「え?」
「強くされては、明日には死んでしまうだろう。」

フンと鼻で笑う先生は、するりとまた腕に戻ってきた。
「力を入れすぎるな。優しく抱け。」

力ではなく心を込めて背中に手をまわした。
ちょうど俺の左腕を枕にしている先生が俺を見上げた。

「これくらいなら寝られそうだ。」
ふっと笑って先生は言った。

ああ、きれいな眼だな。
まつ毛がするりと伸びている。

「何だ?何か言いたそうだな。」
「いえ、その、顔が近いな、と。」
「そうだな。」

2人の視線がしっかりと合う。
ああ、やはりきれいな眼だ。
こんな近くで見たことがなかったから、感動に近い感情があった。

しばらく見つめ合っていた。飽きもせず、じっと。
この距離を我慢で終わらせるのか。
頭の中をそんなセリフが通り過ぎた。

「先生、口づけてもいいですか?」

先生は視線をそらした。
俺は震える唇を先生の唇に重ね合わせた。

先生から返事はなかった。
視線を合わせてくれなかった。
けれど、口づけても良いと思ってくれていることをなんとなく読み取れた。

1回目は長く。
2回目はもっと長く。
3回目は先生から吸い付くように。
4回目は意識が飛ぶくらい。




(2011/04/16)