ことだま あの時、言っておけば良かった。 「篠原くん、君はこの仕事を頼む。」 先生の事件が起こる数日前のこと。 「え?」 俺はそれ以後言葉に詰まった。渡された書類を持ったまま動くことが出来なかった。 伊東先生と共に列車に乗るつもりだったからだ。寧ろ、一番傍にいて、守るつもりでいた。 それなのに、仕事を任された。ショックと言わざるを得ない。これは僕が使えないということか。 「この件が終われば私はすぐ次の行動に移らなければならない。」 そう言うと、伊東先生は空を見上げた。空には無数に散らばる星が在った。 其れを見てどんなことを考えているのかなんとなく分かった。 先生のことなら一番に分かっているつもりだった。 「君なら分かるだろう?行動には準備が必要だ。それに、このような準備は、他の者には任せられない。」 「そう言って頂けるのは有り難いです。しかし、」 「僕が頼んでいる。受け取れ。」 低く轟いた声。心臓を少し締めて握られたような気がする。 「僕が失敗するはずがないだろう?それは・・・篠原君、君が一番よく知っている筈だ。」 もちろんよく知っている者であるつもりだった。 「俺もつれていって下さい。」 「君は今言ったことを聞いていなかっ」 「一緒に行かせて下さい。」 最後まで聞かない。伊東先生は珍しい俺の行動に驚いていた。 「強情だな。」 そして、呆れたように笑い、溜息をついた。 「良いだろう。この件は後日でいい。高杉にも連絡しておく。」 「しかし、僕の命令を断るとはね。」 「それは、あなたについていくと決めたからです。俺は、あなたが・・・」 「何だ?」 聞こえなかっただろうか、聞き返される。 本当は伝えたい言葉が喉まで出かかっていたけれど、口にすることが出来なかった。 「いえ、あなたについて行きます。」 結局、言わなかった。 そんなやり取りを思い出す此処は列車の中。 血のにおいで満ちている。薄らぐ意識。先程の沖田さんを思い出す。見事に斬られてしまった。やはりあの方は凄かった。 大した事も出来ずこんな風に床に這い蹲る自分が悔しい。 しかし、先生は今はおそらく・・・。もう局長を殺っただろうか。 先生は負けないだろうから、必ずや新しい真選組を作るだろう。それを見れないことだけが残念だった。 いよいよ意識は遠のく。握りしめていた刀を手放す。伊東先生から頂いた刀だ。何よりも大事にしていた刀で先生を守れないことを悔やむ。 刀に語りかけるようにした。 「先生・・・気付いていましたか・・・?」 刀にだけ届く詮無い言葉を最後の力を振り絞り、紡いでいく。 遂に眼も開けていられない。自分の終わりを自覚する。瞼の裏に見える姿は、先生。 最後に言霊として想いをのせる。 「伊東先生、あなたが好きでした。」 せめて、先生に届くように。 (篠がしぬとき。2008/10/04)
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