perfume





「近藤くん・・・騙したな。」
僕はただ苦笑いをするしかなかった。
「え?」
ニヤニヤと笑った顔で振り返る男に殺意にも似たような感情が芽生える。出来ることなら、さっさと斬ってしまいたいところなのだが、綿密な計画が進行しつつあるなか、そんなことはただの妄想だった。
「いやあ、だって、こうでもしないと先生はいらっしゃらないから!」
食事に行こうと誘われたのは、夕刻。特に予定もない日だった。屯所の食事も口に合うものでも無かったので、何の気なしに承諾して外にやってきたのだ。近藤くんは店を僕のために予約をしていたと言う。気の利いたことをするものだと珍しく感心してついてきてみたところが此処、キャバクラ。
僕がこういったものが大嫌いだということを理解していてやったことだと思うと益々腹立たしい。
「可愛い子も多いし、たまには楽しみましょうよー!」
嬉しそうに扉を開ける。
「ちょっと、待て。僕は帰るぞ!」
といって、引き返そうとするとがっちりと腕を捕まれ引き摺りこまれた。絶対に5分で帰ろうと心に誓った。
中に入れば、年頃の娘達が男たちの相手をしたりしていた。席に案内されると、何人かの女がやって来た。随分と慣れているらしい近藤くんは、僕のことを紹介する。この時勢に、こんなところで毎晩遊んでいるらしい。呆れて言葉も出ない。
隣に座った女は近藤くんの紹介を聞いて、凄いを連発し、媚びを売るような眼でこちらを見てくる。しまいには、腕を回してきたり寄りついてくることもある。暫く続くくだらない会話に飽き飽きしつつ、厠へ行くふりをし、近藤くんを残して店を出た。

汚い歌舞伎町の道を避けて、裏道を通って屯所に戻る。
男くさい屯所に戻るとよく分かる。女の香水がほのかにする。どうやらあの店にいただけで、匂いがうつったらしい。
どうしたものか。余計なことに頭を悩ませていることに気が滅入りそうだ。
自分の部屋に入ると、中には驚く顔の篠原くんがいた。
「伊東先生!ああ、吃驚した!」
「何をしているんだ?」
「頼まれていた調査を持って来ました。いらっしゃらなかったので、置いていこうかと。」
この男は、本当に仕事を真面目にする。だから、側近にしていられるのだが。
「あ、局長との食事はどうでしたか?美味しかったですか?」
悪気のない彼は今日のことを尋ねてくる。僕は今日あったことをそのまま話す。
「へぇ・・・キャバクラですか。俺も行ったことはないんで分からないんですが、災難でしたね。」
「まったく、あんなところで毎晩遊んでいるなど信じられない。」
まぁ、それも真選組の姿ですよ、お偉いさんたちはよく行っているみたいですし。と彼は笑う。
「あの男の誘いは二度と受けないことにするよ。」
そうした方がいいかもしれないですね、と返しに困りながらも、彼はまた笑った。
そんなやり取りをしながら、制服を脱ごうとしていると篠原君が手伝ってくれた。
この青年の筋の通った服従心に安心する。
「あ、女の匂いですね。」
脱いだときに香ったらしい。
ハンガーにそれを掛ける彼の肩を眺める。男の割に痩せて細い。僕も人のことを言えたものではないが、僕よりも随分と華奢に見えた。
「良い匂いというか何とい」
そう言う彼の言葉を遮るように肩を抱き締めた。
当然、驚いている。
「先生?どうしたんですか・・・?」
僕自身も何をしているのかよく分からなかった。
ただ、彼の匂いを感じてみたいと直感的に思った。
「君の方が良い匂いがするな。」
「なっ何を言って・・・!!」
慌てふためく彼を抑えるようにまだ抱き締めていた。
「暴れるな。上司命令だ。」
それを聞くと大人しくなる。本当によく懐いた犬の様だ。なおさら、ことさら、抱き締めたい感情が溢れる。
「気が済むまでこうさせてもらう。」
そう言うと、彼はこう言う。
「はい。どうぞ。」

「俺は先生の側近になった時から、全てあなたのものですから。」

「そうか。」

君は良い部下だ、と言おうとしたが、やめた。
余計なことになりそうだと思ったからだ。



(匂いは麻薬。2008/10/04)