バカでいいです





衝撃的な場面を見てしまった。
衝撃的?
いや、動揺することはないはずだ。
場面はたまたま通っていた廊下で起きていた。
女子生徒が男子生徒に何かを渡している。今日は2月14日だ。
そうだろう、共学の高校でこんな場面はいくらでもあるだろう。
動揺することはないのだ。
しかし、僕の心は動揺した。なぜなら、男子生徒が彼だったからだ。
彼らの声が聞こえないほどの距離にいたので、何を話しているかは分からない。
彼は表情をさほど変えずに、四角の箱を受け取った。
それを見ると、僕の体は来た方向へ引き返していた。僕は一人きりになれる場所を探す。いつもの社会科準備室へ入った。ここなら一人で何をしていても誰にも見られない。
ひたすらに、見たもの全てを忘れることにした。それなのに、覚悟をひっくり返すがごとく、準備室のドアが開けられる。
「先生。」
彼の声がする。彼の姿を確認すると、手にはさっきの四角の箱があった。
「ああ、篠原くんか。」
ポーカーフェイスでいる自信はあった。
「君もなかなかやるな。渡していた生徒が誰かは分からなかったが、この日にもらえるとは・・・勲章のようなものじゃないのか。」
口の方は"ポーカーフェイス"でいられなかった。少し早口だった。
「先生・・・?」
「いいじゃないか。"女性の"恋人もできて良い学生生活が送れる。」
「・・・・・。」
彼は黙った。うつむいて何かを考えているようだった。そして、しばらくすると、踵を翻して、準備室を出て行った。「失礼します。」と丁寧に挨拶をしてドアは閉められた。
その音を聞いて、僕は思わず笑った。自嘲気味に。
「よかったじゃないか。こんな不健康な関係、こういう機会に終わらせれば。」
独り言がむなしく宙を舞う。

しばらくして職員室へ戻ると、気怠そうな声で銀八が言った。
「アイツ、頭おかしいんじゃねーの?」
「教師がその言い方はないでしょ・・・」
彼が担任で持っているZ組の志村新八が脱力しつつ突っ込む。何かの手伝いで職員室にいるらしい。
「返すバカがいるかよ、この大事な日によー。」
「人それぞれ事情とか気持ちとか色々あるんですよ。」
「はぁ?あいつ、コレいんの?」
小指を立てて新八に聞くその姿は下品そのものだった。蔑む視線を向けると、銀八が話しかけてきた。
「おーい、お宅、どういう教育してんの?」
「何のことだ?」
「お宅さんの道場の篠原くん、女子からチョコもらったのに、速攻で返したらしいぜ。さっき噂になってたぞー。ったく、非常識にもほどがあるぞ。」
・・・返した。
・・・速攻で。
そして、何も言わずに出て行ったさっきの態度。
僕の脳はずいぶん優秀にできている。いろいろなことが繋がって合点がいった。
なるほど。そういうことか。
「・・・・彼はバカマジメだからな。」
銀八にはそう返して、再び準備室へ戻る。

篠原くんにメールを送る。
"至急、準備室へ来なさい。"

送ってから1分半で来た。やはり、バカマジメだ。

「何でしょうか。」
少し息を切らせながら言う。
「今度は大きな噂になっているそうだな。君は一日にいくつ勲章をもらえば気が済むんだ。」
「噂・・・ですか?」
「返したらしいな。」
「はい。」
「とんだ男だ。」
あまりにもあっさりとした彼の返答に言葉が出ず、笑ってやった。
「いえ。普通だと思います。ちゃんと"恋人がいるからもらえない"と言って返しましたから。」
彼の表情は大まじめそのものだった。彼は不思議そうに言った。
「そうでしょうか。先生のこと以外に興味がないだけです。」
「それがバカだと言うんだ。」
「なら、バカでいいです。」
聞いて、力の抜けてしまった。
と、同時に苦笑いをした。
すると、良かった、いつもの先生に戻ったと言い、彼は笑った。
「僕のために、勲章は捨てられるのだから、十分にバカだろう。」
「いくらでも、何とでも言ってください。」

良い恋人を持ったものだ。



(2010/02/11)
篠原くんは、鴨太郎バカ一代だと勝手に思いこんで、書きました。 そして、篠原くんが密かにもてる設定にしました。私も渡したい。 今年(2010年)のバレンタインデーが日曜日であることは忘れてください。 銀新は趣味です。